2023年、ふりかえって、おじぎを。

2022年4月に大学図書館に転職して、2年目でした。
春、仕事や生活が落ち着いてきた頃に状況が変わり、夏に新しい経験をさせていただき、と、とても刺激的でした。秋の終わり頃からは内面と向き合う時間になり、それもいい機会だったと思います。あっという間で大変だったけれどよかったです。

1月

年末年始は前の職場の先輩が貸してくださったGIANT KILLINGを読んで、チームプレイをすることを考えていた。JPCOAR Newsletter: CoCOARのためのインタビューをしていて、息の合う人と仕事をするって楽しいな、と思った。そんなふうに安穏としていられたのは一瞬だったけれど。
初めての共通テスト業務、アナログ時計を買いに行った。

2月

新入職員研修の一環でTOEIC知財の勉強を始めたけれど、続けられなかった。

3月

入退館ゲートの更新や、館内レイアウトをコロナ前に戻す作業をした。助けていただいて何とかなった。
担当したCoCOAR刊行。主査もメンバーも変わってさみしい。

4月

グループリーダーになった。上司の席がひとつ欠になった。
JPCOARの作業部会の副主査(厳密には任命される役ではない)になった。
どれも想定していなくて、驚きと不安と不安と不安と……だった。
再びRDUFの企画委員をさせていただくことにもなった。

5月

感染症法上の位置づけも変わり、コロナ対策を見直して「コロナ前の大学図書館」が始まった。
久しぶりに帰省。

6月

研究データ管理の授業の準備と、ILLのインボイス対応の準備が本格的に始まっていた頃だったと思う。異動なさった方にとても励ましていただいた。有難かった。
出かけてごはんを食べた。

7月

大学図書館職員長期研修の機会をいただいた。いろんな方と考え方に出会えてよかった。オンラインだったので業務もしていた。
研究・イノベーション学会の講演会をきっかけに前の職場の方とメールをして、来し方行く先を考える機会になったり、勤務先の「先輩職員の声」に載せていただいたことから、学生時代の友人等ととやり取りができたり。

8月

研究データの保存・管理・公開の基礎の集中講義スタート。
秋口まで暑さに負けていた。

9月

雨漏り。
研究データ管理の集中講義、自分の担当させていただいた授業と総合討議があった。授業の動画編集も、初めてした。学生さんや他の担当の先生方とお話ができたことで、解像度があがった……という表現が適切かわからないけれど、私たちはこのひとたちへの支援を考えなくちゃいけないんだと思って身が引き締まる気持ちになった。通常業務だとあまり研究者が見えないから、対象を考えられるという有難さがあった。
出陳の対応をした展覧会 東京都庭園美術館「装飾の庭 朝香宮邸のアール・デコと庭園芸術」が始まった。

10月

ILL領収証のインボイス対応と外部向け料金改定スタート。周囲の方々のおかげでなんとかなった。
新人さんがいらした。この頃から組織、チーム、安定的な稼働、正しさとバランス、などを考え始める。意識的に仕事の雑談をし始めた。
JPCOARウェブマガジンをリリース。
出陳の対応をした展覧会 港区郷土歴史館「ある図案化の仕事」が始まった。
意識して音楽やPodcastを聴き始め、Spotifyをよく使うようになった。香水のボトルをお迎え。

11月

春から11月頃までは記憶が曖昧。働くだけで精一杯、って感じだった。あるときは、会話ができるようになりたいってメモしていて、確かに業務時間外は抜け殻のようだったのだけれど、我ながらあぶないひとだなあと今は思える。年休5日消化義務のために一息つける時間があって、ここからお休みをとって休んだり出かけたり、自分のメンテナンスやコントロールを考えるようになった。

12月

RDUF公開シンポジウム。実行委員だったことと現地でお話を聞けたのが、有難い機会だった。ライトニングトークで発表もさせていただいた。転職して初めての、外で発表。「移って、いい仕事できていてよかったね」と言っていただいたのが嬉しかった。そうやって覚えて声をかけてくださる方がいるのが、とても。講演の先生方とは、10年前に企業データ提供をサポートしていたときご一緒したことがあったので、ご挨拶できたのも嬉しかった。帰りの電車で、argの岡本さんに報告した。
好きだった片岡百萬両さんが東西公演をなさるので、東京でお芝居をみた。10年前に大阪の小劇場に観に行っていた方のお芝居を、就きたかった仕事について東京でみられるだなんて!
このふたつは、あの頃もがいていた点と点が少し繋がったような気持ちになって、感慨深い。大変だった一年のごほうび、って感じ。
そんなふうに浮かれていたらひどい風邪をひいて、急ブレーキ。業務でちょっとした調達があって、全力・力技を使えないときどう結果を出すか、を考えていた。自分のほどほどとパフォーマンスを考えるのにいい経験だったと、今は思う。

公私ともに声をかけていただいた年だったと思います。
お仕事は周りがほんの少し見えるようになった気もしつつ、それ以上に先行き不安で迷いまよい手探りでした。わたし、この世界で食べていかなくちゃいけないからうまくやりたいの!という気負いがとてもあって、お仕事の議論・相談・お喋りができること、チャンスをいただけることは光明が差すようでした。そんな気持ちで働いているせいで心身のバランスを崩しやすくて(本当にずっと暗黒って気分でした、いい歳して恥ずかしいけれど)私的にお声掛けいただけるのはとても有り難かったです。

転職したこの2年を思い出すと、直前では心身のバランスだのと書きましたが、結果としてはのびのびさせていただいたのではないかと思います。
引いていただいたし、外部兼職や発表もしたし。
私的には、尋ねると応えたり泣き言を聞いてもらったりもしていて、だからやってこられたんだな、としみじみ感じます。余裕がなさすぎて、時々で労わりや感謝を伝えられなかったのが反省点です。言えるならあちこちに感謝を申し上げたいです。
そして来年も、仕事の野心みたいなものはもっていたいので、もし機会をいただけたらしっかり向き合ってつぎに繋ぐことを考えていけたらいいな。大事にしたいこととひとを大切に、とも思います。
振り返って、大変だったけれどありがたいなあ恵まれているなあ、って思う年末でした。
関わってくださる方におじぎを。ありがとうございます。